とりとめ

遠い将来の思い出/やや近い将来への忘備録

高瀬隼子『水たまりで息をする』

小説を読んで、心に残る箇所があったときはそれをTwitterにメモしている。特段のフレーズがなくとも琴線に触れた小説は、その印象が記憶にとどまる(そのうちリストを作ってもいいかもしれない)。そうでもない作品は、あまりピンとこなかったという感想で忘れ去ってゆく。
今日、掲題の作品を読んでわざわざブログを書こうと思ったのは、以前の『となり町戦争』と同様に「ピンとこない」では済まないような不可解さ/得体の知れなさが印象として残ったからだ。特段高く評価しているということではない。でもこういう不可解さを留め、紐解こうとすることが、これまで見過ごしていた世界/人生の見方を得ることにつながるかもしれないと思う。

あらすじに載るのは風呂に入らなくなった夫の方だが、彼は主人公ではないし、その異常さは何かしらの心理的要因に基づくもの(現在に置き換えた場合) or 要因など全く存在しない象徴的なもの(フィクションとしての目線)であることがはっきりしているため、そこに不可解さはない。問題は無論主人公の方だ。

まず枝葉のところだと、本件における義母を完全な外野として扱っているのはどういうことなのだろうか?
食事を作らないことを「おままごとみたい」と評されたことに対する憤りは分かる。現代においては、家庭の生活方針はその構成員同士で決めるもので、同居していない者がやたらと口出しすべきでないというのが一般的な価値観である。家族が揃って手料理を食べるべきという価値観も一つの選択肢ではあるだろうが、すべての家庭でそうあるべきと主張するならばそれは間違っている。
一方で、数か月も風呂に入らないなどというのは、たとえ主人公は問題ないと考えていたとしても、客観的にみれば異常な状態だ。そのような息子を心配したり、病院へ連れて行ったりしようというのは母親としてはごく自然な反応であるし、本件は赤の他人ならともかく、実の親だったら干渉する権利のある類の問題だ(例えば、主人公が異常な夫に愛想を尽かして離婚でもしたら、その身柄は親が引き受けなければならないという意味で)。そんな相手に対し「何も話したいことがなかった」とはなんたる態度であるか。他人の立場を踏まえた正当な行為を理解せず、知らせて当然であろう現状を全く伝えなかったり、不当な行為(おままごと)と一緒くたにして相手の無理解ゆえの行動であると断じたり、剰え異常の原因を夫婦生活に求める言葉を言われてもいないのに想起する。その言葉は義母の声のようでもあり、自分の声のようでもあるという。
職場が夫の問題を主人公ではなく義母に伝えていたことに対して「悪意」を読み取る点も同様だ。可能性としては、主人公が最初推察したとおり提出された連絡先が実家だからという単純な理由が一番だろう。職場からすれば、同居の家族はこの問題を当然把握しているだろうし、処遇に関わることは話しているだろうと想定するのが自然だ。それを踏まえると、別居家族に問題を伝えるのは、すでに問題解決に向け努力している(が結果が思わしくない)であろう同居家族に余計なプレッシャーを与えないための気遣いとすら想定できる。連絡先が後述する主人公の性分からすれば、そうしたほかの可能性を考える余裕すらない状態ではないだろう。
主人公自身が本件をどう認識しているか以前に、主人公による自他(夫婦とその外)の境界の引き方に不可解さを感じた。

根幹のところでは、主人公が環境の変化に容易く順応し、かつそれを元からの本心と認識する点だ。
主人公は最初こそ風呂に入らぬ夫に戸惑ったり、問題視して「どうしても入ってほしい」と伝えたり、病院を探すなどしていた。世間体も気にしていたし、「狂っているんだろうか」「置いてけぼりをくらうかもしれない」と彼此の差を不安にも思っていた*1
それがいつの間にか「解決したいわけではないのかもしれない」となり、「(病院を)何度も調べただろう。ほんとうに必要だと思ったのなら」となり、挙句夫について田舎に移住する際には、わざわざ断たなくてもよいはずの交友関係まで「どうでもいい」と捨て去ってしまう。「夫が人生の全てとは思わない。けれど、夫がいてくれたらそれでいい」の度を超えている。
これは、単に受け身であるのとは違う。「こだわりなく」などと留保されているが、「積極的に子どもが欲しくないわけでないのであれば、いた方がいい」とか「子どもがいなくても~それっていいことだし、そうするべきだよね」というのはかなり積極的な主張だ。自分の選択を「まるで何も考えていないみたい」と言ってはいるが、「愛した方がいいから愛しただけだと、ほんとうに思うの」という言葉や、「あなたには自分の人生があるんだから」という(おそらく他人のでも自分のでもある)声を「うるさい」と撥ね付ける様からすると、主人公は世間的な普通へ乗っかる選択を明らかに積極的な意思でとっている。
夫との亀裂を能動的に見て見ぬふりしたり、夫に怒っている要因が夫の弱さを許せない点であると即座に看破したりと、自分自身の思考に対してもかなり自覚的だ*2。その一方で、自分の気持ちや選択を他人事のように述べる描写も往々にしてみられる。

自分の決断や思考に、あとから気付くことがある。ある時決断したというよりは、いつの間にか決めていたことに、しばらく経ってから「そういえばわたしは今こう考えていて、どうやらそれは最終決定なのだな」と気付くのだ。

人間何となくデフォルトの選択をすることはままあるが、通常それに対しては(左右どちらの足から歩き出すかのように)意識すらしないか、あるいは後々それを疑問に思うかがあり得る反応であろう。いつの間にか決めていたことにある時気づきながら、しかも世間的な普通にところどころ違和感も持っていながら*3、それを何の疑問もなく「最終決定」と追認してしまえるなんてことがあり得るのだろうか。

文庫の解説では、主人公は結局夫の逸脱と弱さに寄り添いきれなかったということになっている。問題を見て見ぬふりし続けるために行動し、最後は耐え切れず夫(に重ねられた魚)を置き去りにしたということであれば、その話は本谷有希子異類婚姻譚』にも似ている。
これは、夫が風呂に入らなくなるなんてことを想定していなかったように、夫について田舎へ行った選択も(当時はそう思っていたにしろ実際は)「最終決定」ではなかったということなのだろう。それはそれで、主人公の切り替えの速さが空恐ろしい。捨ててきたらと言われて初めて魚を捨ててもよいのだと思い当たったように、洪水(すなわち、外的要因)で夫がいなくなったから「取り付く島もないなあ」という軽い言葉が浮かんだというのか。
こうした主人公の性質は夫の「弱さ」と対置される、「持ち堪えてしまう」強さと表現されるべきものなのだろうかという点も含めて不可解である。

一つには自分で創作をしないせいで、作家は世の中のことが全て分かっているのだろうという幻想をいまだに拭いきれていない。しかし作家の思想と作品の内容は別物だとも思っているので、普段読み解きに際して作家自身について調べることもない。
それでも今回は少し気になって(歳が近いということも)、著者のインタビューを2, 3読んでみた。単純な印象として、職業作家として書き続けることや、自己を変容させ続けることに対してストイックな感じがした*4。また、ここまで書いておいてだが、このインタビュー(内容に加えこれ自体が創作という点も)のように特殊性を希求する著者の作品に対して、普遍性を求めてあれこれ思案したのはナンセンスだったんじゃないかとも思った。

*1:しかし後者の表現からすると、不安視しているのは狂気そのものではなく自身の状態と差があること(すなわち、自分さえ同じ側にいればOK)のように思える。

*2:ただしこの点は、言語化するかしないかの二択しかなく、意識の底にはあるが言語化(認識)には至っていない状態を表現しえないという一人称小説の形式的な限界ゆえかもしれない。

*3:ジェンダーまわりや東京人の排他性など

*4:あるいは、売れる作家というのは大概そうなのかもしれないけれども。

池澤夏樹『真昼のプリニウス』

矢守克也『巨大災害のリスク・コミュニケーション』から。
観念的すぎて小説らしくない、というのはさておき。

正直、自然科学に携わる身として、火山学者である主人公、頼子の「事実そのもの、世界そのものを見たい」という気持ちは分かる。
しかし、私は作中で否定された広告屋、門田の「世界そのものなんて、ないんですよ。世界というのはそのまま神話なんです」という台詞こそが最も核心をついていると思う。

頼子は作中で「山が生きて見えない」などと、言葉や数式で世界を表すことの不完全性を感じ始める。そして、水泳をする戸井田教授の言や、秘かに浅間山に登った際の肉体的な苦しさから、「外の理屈」を排した物質世界を感じ取ってゆく。
これは、どれだけ言葉を尽くしても表現しきれない部分が残るという、言葉の本質的な限界を示したものではあるだろう。しかし、このことは頼子や、浅間山天明噴火の当事者、おハツがそれを言語化する前の、世界に対峙した瞬間の生の感覚こそが、イコール世界であるということの証左にはならない。大体、「事実そのもの、世界そのもの」を探した先にあるのが、浅間に登った心地よい疲労感を「生きる感じ」とみなすこと、というのはあまりに安易ではないか。
人間は可視光だけを見て、可聴域の音だけを聞き、有感地震だけを感じて綺麗とか怖いとか生きてるとか言っている。知覚と思考の間にあるクオリアの正体が何であれ、人間が常に(おそらく個々人によって異なる)勝手な解釈を挟んで世の中をみていることは間違いない。人間が人間である限り、否、たとえ人間が神のように世界の全信号を受信でき、あらゆる解釈の方法を身に着けられたとしても、結局のところ世界を何らかの形で「認識」している限り、「世界そのものなんて、ない」に等しいのだ。

また、この論は、易の専門家、神崎のいう「人があるから世界がある」というのとも少し違う。
神崎は、「世界はそれ自体で勝手に存在している」のではなく、「人の目が向く先に景色は生じ、草木が生え、お日さんが光る。易というのは、その生じ方を見てとる方法」という。頼子のために出した、頼子の世界にとって重大なことが起こるという卦は、世界を第三者的に見ているという科学者の思い込み――見掛けばかりの理知の回廊——から抜け出すヒントとなったらしい。
確かに、常に一人称視点で知覚せざるを得ない人間からすれば、世界というのはそういうものに思える。しかし、我々は自分たちが世界を認識したり思考したりしていることが、脳の中での物理化学反応でしかないことを知っている。それこそ神話の時代には判らなかったかもしれないが、今はまさに科学の営みによって、我々自身が世界の一部でしかないことを知っている。
それでも我々は、普段思考や感情をただの物理化学反応として片づけたりしない。災害や病気などの不可抗力に巻き込まれでもしない限り自分は自分で、それが世界の一部であると意識したりはしない。これは、そうやって思考を省略しておかないと、世界の上で生活したり考えたりすることなんて到底できないからであろう。
「人があるから世界がある」というのは絶対的真理ではなく、分かったうえで便宜的に信じ込むことにしている神話である。この意味で「世界というのはそのまま神話」なのだ。

ところで、「山が生きて見えない」ことの背景には、言語の本質的な限界以前に、個々人の言語化能力の限界という問題もある。個人の言説はもとより、科学者による世界の見方だって常に否定・更新される余地がある点で神話に過ぎないが、その神話に説得力が足りないのだ。
しかし、世界の言語化というのは、何も特定の個人や特定の時代の人びとだけですべきものではない。これまでだって、様々な人の営みを経て世界の像は少しずつ明瞭になってきた。現代の科学は今時点で最も説得力のある神話として、例えばそれを基に工学を築いたりするうえで十分信ずるに足るものだと思う。
逆に言えば、いま説得力のある言語化ができていないからといって、言語化することそのものを否定したり、簡単に言語の限界を説いたりするべきではない。頼子は「物語の目を通してしか自然を見ようとしない臆病さ、外の世界に背を向け、物語で構築した砦の中に入って互いの肌を暖めあっているだけの人間のふがいなさ」という。しかし、結局のところだれもが当事者になれるわけではないのだから、たとえ限界があろうとも、人類全体としては言葉を尽くすことで世界に立ち向かってゆくしかないのではなかろうか。

段々と『巨大災害のリスク・コミュニケーション』(主に8章)の感想に寄ってきている。
矢守の「科学の言葉も民衆の言葉も共に,災害という得体の知れない対象を,何にせよ意味ある社会的表象として馴致するメカニズムである点ではまったく同じ」という言はそうだと思う。
災害の当事者が必死の状況で行った判断は「選択」のようにみえても、責任を問えるようなものではない点で実態は(神崎の易のような)「宿命」であるが、それは当人が読み取るべきものであって、傍観者が判定すべきものではない、というのもそのとおりだと思う。

災害の「犠牲になる可能性が高い人びと」が、神崎の言葉を借りて「論議を重ね、すべての可能性の筋を読み、迷う」必要があるというのは、理想かもしれないが現実的でないと思う。
日々仕事や生活をこなし、人生の様々な問題に対処しなければならない中で、災害のことをそこまで考えられる余地のある人は少ないだろう。そういう人でも不測の事態にある程度対処できるようにするためには、思考を省略できる神話が必要だ。○日分の備蓄をしましょう、無理な帰宅は止めましょう、ハザードマップを見ましょうなどというのは、(完璧でないにしても)とりあえず信ずるに足る神話を伝導する営みにほかならない。
もちろん、大きすぎる想定が諦めムードを生んだり、当事者意識を持てないことが指示待ちを生んだりしているといった指摘はそのとおりだろう。特に後者は災害情報が言語情報(文章にしろ図版にしろ映像にしろ、何らかのメディアで伝達される情報)であったり、役所や専門機関などの外部から降って来るものであったりすること自体が要因となっている部分もあるだろう。しかし、その要因の大部分は、神話に説得力が、情報にリアリティがないだけかもしれない。当事者個々人によりフィットした情報を考え提供したり(ただし、矢守が指摘するように、それはイコール解析精度やリアルタイム性の向上ではない)、あるいは人びとを安全な方へに誘導する社会制度やインセンティブを整えることで大幅に改善できるものかもしれない。
限界はあれど、草の根の活動も大事だとは思う。こういう言は、専門家寄りの立場としてのポジショントークに過ぎないのかもしれないとも思う。それでも我々は、情報提供や制度設計を通じた防災を諦めずに希求してゆかなければいけないと思う。

土木学会誌 2020年12月号 特集:災害情報の新たなステージへ

http://www.jsce.or.jp/journal/thismonth/202012.shtml


京大防災研 矢守先生、静岡大 牛山先生の寄稿は、両先生の立ち位置を理解するのによいと感じた。
他には、東大 関谷先生の「避難の心理モデル」が興味深かった。

災害情報は防災・減災の「主役」なのか? ─「行動」・「体感」・「過去」とのブリッジあってこそ─

矢守 克也(京都大学 防災研究所巨大災害研究センター 教授)

  • 情報(避難勧告・指示など)は避難のきっかけの主役ではない。
  • にもかかわらず、災害のたびに情報の改善ばかりが試みられてきた。
  • 情報を生かすには行動、体感、過去とのブリッジが必要。

「災害対策は(ハザード)情報の高度化ばかりが着目されるが、情報と行動の橋渡しが機能しなければ意味をなさない」といった指摘は、コンサルタントとしても身につまされるところ。

「行動」とのブリッジ―「避難スイッチ」

「避難スイッチ」とは、行政から与えられる避難情報とは別に、気象や河川情報、身近な変異、周囲の人の言動の三つを主たる素材として、自分たちの「逃げどき」を具体的かつあらかじめ決めておくことを指す。

  • 避難スイッチを作るための住民ワークショップを、これまで繰り返し開催してきた。
  • 使い道が認識されていない情報は、公開されても全く注目されない。


気象や河川情報といった一般的な情報は、避難スイッチの1/3の素材でしかないというのが興味深い。口コミなど、身近な情報の方が行動に結びつきやすいというのは、災害に関わらずみられることのように思う。
だから、ワークショップのような草の根の活動が重要なのは理解できるが、一方でそれを特定の先生方が津々浦々でやるわけにもゆかないので、どう制度化するのかが課題とも感じた。安易に行政や教育の現場に担わせようとするのも現実的でないし。

「体感」とのブリッジ―平熱・微熱・高熱

災害情報は、それが示す体感や現実と結び付いていないと役には立たない。

  • 最近の災害がありありと記憶されているうちに、近辺の当時の様子(ため池の水位、気象情報など)を共有するワークショップを開催。

「過去」とのブリッジー「既往最大」との比較

  • 既往最大となるような降雨が増えてきており、またそのような場所で犠牲者が出やすいこともわかってきた。
  • 住民が既往最大値を把握して、予想雨量との比較ができるような情報提供の仕方が必要。


最近では、防災科研クライシスレスポンスサイトでも「大雨の稀さ」を出すようになっており、絶対値でなく統計量を参照する意義は(差し当たり専門家の間では)広まっているように思う。
一方で、住民にとってみると、統計の期間(50~100年)は個人の記憶に比べると長すぎるため、既往最大と言われても実感が湧くのかはやや疑問。〇年に1回といった、統計分野特有の指標も、そのままでは使いづらいように感じる。

風水害の災害情報の有効性と課題

牛山 素行(静岡大学防災総合センター)

  • 風水災の犠牲者も何らかの避難行動をとっていたと推察される場合も多い。「避難させる」ことを志向した危険情報の拡充は、必ずしも状況の改善につながらない。
  • 自宅からの立ち退きをしなければ却って助かったケースも想定される。避難はすればよいというものではない。
  • 犠牲者は多くが低地など、水害の起こりうる場所で発生している。
  • 一方、住民の多くは居住地域の危険性を適切に把握できていない。
  • 行政機関で防災業務にあたる人材の育成、強化が不足している。

Collins・Pinch『迷路のなかのテクノロジー』

Harry Collins and Trevor Pinch著、村上陽一郎平川秀幸 訳、『迷路のなかのテクノロジー』、化学同人、2001。

学部時代の授業の参考書。科学を扱った同著者の『七つの科学事件ファイル――科学論争の顛末』(化学同人、1997。以下、「前作」)の続編で、技術を扱う。

序論――技術のゴーレム

科学はゴーレム

科学は救世主でも悪魔でもなく「ゴーレム」である。

それは力持ちである。日々毎日少しずつ強くなる。命令は聞くし、仕事は替わってくれるし、安全を脅かすあらゆる敵から、人間を守ってもくれる。しかし、それは不細工で扱い難く、危険でさえある。

われわれの思い描くゴーレムは、邪悪なものではないが、愚か者である。ゴーレム科学は、したがって、その誤りのゆえに非難されてはならない。誤っているのはわれわれ自身なのである。ゴーレムが最善を尽くしているなら、非難はできない。しかし、過剰な期待を彼に抱いてはならない。力持ちではあるが、ゴーレムはわれわれの技術の産物であり、われわれの作業の結果だからだ。

科学論の分野における原理のうち、本書で導入される3項目が提示される。

実験の悪循環

「実験が正しい理論を導く」という考え(反証主義)を否定するもの。日常的には、想定する理論に基づいて実験が行われ、それからかけ離れた結果は誤差として排除されてしまうので、実験は元々あった理論をますます強化することにしかならない。

一つの実験が疑う余地のないような結果を得る、ということは困難であり、それは、何が正当な結果であるべきか、ということを知らないままに、ある実験が正当に行われたかどうかを判断することができないからである。

前作でも、歴史的な科学実験が実はそんなにキレイに理論を(あるいは理論が間違っていることを)証明したわけではないことが繰り返し述べられてきた。思えばちょうど自然科学史の講義を受けていたころ、学生実験でデジタルマルチメーター(デジマル)の値が各班でぴったり一致などしない事実に「科学に絶対はない」ことを感じ取ったのが、科学論/専門家論を考えるようになった出発点だったように思う。

離れていることが、魔力を増す

科学技術も、論争から離れた立場からは単純化されて、明快/純粋なものにみえてしまうということ。

激しい論争の中心に近づけば近づくほど、そう簡単にこういうものだとは言えなくなり、複雑に思われてくるものである。

証拠の置かれた文脈

問題意識によって、実験結果の解釈が肯定的にも否定的にもなりうるということ。

社会が科学を作る

科学のパラダイムは、科学者をとりまく社会(外的歴史)によってもたらされる。技術はその程度がより強く、その議論/解釈は国家や経済的環境などと密接に結びついている。

非専門家の専門性

6~7章では、いわゆる「現場」の人間が持つ専門性が技術に貢献している例が提示されている。科学的教育や資格を受けていないがために、通常専門家とはみられていない人びとを技術の意思決定に組み込むことは、民主的という意味に限らず、純粋に技術的な発展という点においてもよいことである。
これを達成するには「専門性は専門家にこそある」という非専門家の誤解を解く必要がある一方、専門性が真面目な関心と置き換えられるなどというポピュリズムに行き着くのも危険である。これらは科学や技術を神秘的なものとみなす傾向から生まれる。その解決のためには、科学技術が「ゴーレム」的なものであることが(専門家、非専門家ともに)理解される必要がある。


コリンズが主題として挙げている専門家論。
学部以来、私が気にかけて、課題感を持っている点の1つがここにある。ノーベル賞がもてはやされ、研究者は「すごい」「頭が良い」と、違う世界の人間のように評される。一方、危機に際しては、御用学者などといってそもそも専門家の意見が軽視されたり、学者は現場を理解していないなどと言われたりもする。専門家の側も、政治家/民衆/他分野の研究者は理解がないなどと言ったり、普段専門としない政治などについても人一倍理解があるかのような発言をしたりする。
そうした(いわゆる)専門家と非専門家の隔絶に対し、ある種の専門家の端くれになろうとしている私はどのようにふるまったらよいのか、どうしたら隔絶を埋められるのか。「科学がゴーレム」であるという認識は、その手立てとなりうるように感じるが、ではこれが専門家と非専門家の双方に理解されるにはどうすればよいのか。答えはまだみつけられていない。

6章 子羊の科学――チェルノブイリとカンブリア地方の牧羊農夫たち

チェルノブイリ原発事故に伴う放射能汚染について、政府や科学者の態度が地元農家の不信を招いてしまった話。

農夫たちにとって、科学者たちとの出会いは幸せなものではなかった。彼らは裏切られたと感じたのである。科学者たちの傲慢さや、ころころ変わる見解にもうんざりしていた。彼らの科学への信頼は砕けてしまったのである。これは、科学者が素人との関係を悪くしてしまった一例だ。その教訓は、われわれすべてに重要である。

  1. 事故後、政府は繰り返し早期収束の見通しを強調したが、実際にはそうはならず、これが政府への不信を招いた。
    • その根拠となるモデルは不正確であることが(後から)分かった。
    • 政府は伝統的に、パニックによる危険の方が直接的なリスクよりも大きいと考えていたため、パターナリスティックな不安除去に走った。
  2. 政府が農家に要求した規制策も、農家の事情に対する理解を欠いたものであった。
  3. 農家たちは、科学者たちの検討が必ずしも明快で確定的なものではないことを知っていた。
    • 複雑な要因によって測定値がばらつくなど、首尾一貫した結果を得ることが難しい実態を目にしていた。
    • 現場の知見を見過ごしているがゆえに、検討が意味のないものなってしまっていることを見抜いていた。
  4. にも関わらず、科学者たちは結果をあたかも疑いようのないものかのように述べており、それが農家たちの科学者への不信を招いた。
    • 結果として、その後生じた問題に対する科学者たちの説明は、はなから信用されなくなってしまった。
    • 科学者たちが政府の手先であるとか、(科学者からみれば)明らかに間違った見立てが広まる要因にもなった。

科学者たちは不確実性を認めるのではなく、長い目で見れば維持できない自信過剰な主張をしたのである。やがて前言が撤回されたときには、このことが、科学者たちはただ雇い主である政府の言いなりになっているだけだという新たな科学の見方に、農夫たちが飛びついてしまうのを促したのである。

上記まとめの前段(1, 2)と後段(3, 4)は共通する問題であるが、政策と科学技術という点でやや視点が異なっている。

blog.tinect.jp

b.hatena.ne.jp

研究者のモチベーションは、「世界初」へのこだわりなんだろうな。

時々、研究者としての道を歩み始めている先輩や同期ーNさん、S君、Kさんや、アカデミックでやってゆく意志と実力を兼ね備えた(ように見える)院生達と自分を引き比べて、卑屈な気持ちになる。

私には民間企業(そして今の業界)を選んだ積極的な理由もあるのだが、学振に落ちてアカデミックでやってゆく自信が到底なかったのも事実。
彼らからすれば、私はアカデミックの世界から脱落して、サラリーマンに「逃げた」存在であり続けるのだろう。

(最近当時の論文がジャーナルの賞を貰ったとの連絡を受け、ちょっと嬉しくなったが、それで研究者の素質があったとはやはり思えなかった。所詮IFもない国内誌であるし、7割は恩師のしたことだから。)

一方、思い出したので書き留めておくが、私がリスクを押し切ってアカデミックを選ぶモチベーションを持てなかったのは、「世界初」へのこだわりがなかったからのように思う。
「ほんのちょっとのことでも、今これを知っているのは世界で自分だけ」というのをモチベーションとして恩師も挙げていたし、どこかの凄い博士も

「博士号をとる」とは、この世の誰もが未だに発見していない未踏領域を開拓する経験をもつこと
https://mobile.twitter.com/ONODA_in_Onodac/status/1069916332903161856

と言っていた。

しかし、自分は知らなかった事を知るの時の知的興奮は、他人がそれを知っているか否かでそこまで変わるものだろうか(自分の知見の増分に変わりはないのに?)。

あるいはそれが変わるとして、「世界初」と言っても、それは地球上の人類という限られたコミュニティ内で最初に見つけただけのことである。その事象自体は発見する以前からずっと存在していたし、どこかの宇宙人の間では既に常識かも知れないのだが、研究者諸賢はそれで満足できるのだろうか。

研究者が新しい知見を発見することの意義は、人類がそれにアクセスできるようになったという事実であって、それが誰の手によるものかは全く関係がない(宇宙人に教えてもらったって良いのだ)。
特にテクノロジーは、発見しただけではまだ必要としている人にアクセスできず、実用化というプロセス(もちろん、これも誰がやったかは関係ない)とセットになって初めて人類にとっての意義が生まれる。

技術の種を作る人と、種を蒔いて育てる人とのいずれになるかは単に趣味の問題であって、アカデミックの人間が(実業界の人間もだが)特別視されるべき理由はどこにもないのだ。

会社には大学の教員に転職したOBもいると聞き、私もあわよくば35才位でそういうチャンスが巡って来ないだろうかと少し期待もしている。
しかし仮に巡って来たとして、こういう考えのある以上、私が実際にアカデミックの世界に足を踏み入れられるかは疑問である。
もちろん希少価値のある知見でもってドヤ顔したい気持ちはあるが、それもある程度の人にとって頼れるのが自分、くらいの珍しさで十分と思ってしまうし。

岩瀬大輔『入社1年目の教科書』

岩瀬大輔、『入社1年目の教科書』、ダイヤモンド社、2011。

推薦図書の一つ。普段こういう自己啓発書は絶対読まないが、まあいい機会だろう。

最初に著者が「死守」してきたという3つの原則が書かれている。とりあえず大事そうなので全部書いとく。

原則①:頼まれたことは、必ずやりきる

頼まれたことは何があっても絶対にやりきる。
自主的に、督促される前に全部やりきる。

初手から「『何があってもやりきるんだ!』という強い意志を持って仕事に臨み」とすげえ熱気。だが次の原則との整合性をみるに、ここでの「やりきる」は「完成させる」というより「とりあえず一通り形にする」といった程度の意味だろう。

原則②:50点で構わないから早く出せ

提出をゴールと考えるのではなく、最初のフィードバックを貰う機会という気持ちで

斜に構えた自分が最初に思ったのは「50点の仕事は『やりきった』といえるのか?」ということだが、上記のような「やりきる」の解釈をすればまあ納得。
先生に提出した原稿がまるで別物になって返ってくるなんてのは修士の頃からザラだったので、指摘を受けることへの耐性がついたのは院生生活の一つの恩恵だと思う。

原則③:つまらない仕事はない

意味と目的を理解すれば工夫のしがいはあるよという事と、野球選手が素振りするみたいに基礎体力をつけるのも大事だよという事の2点。

そういえば二次面接では「つまらない・やりたくない仕事にどう対処しますか」的なことを聞かれた。その時は「悩んでもしょうがないので粛々とやります」みたいに答えたのだけど、あれは後者の見方として受け止めてもらえたということか?


以下個別具体的な仕事論。例によって気になったものだけ。

2. メールは24時間以内に返信せよ

メールは結論を最初に書けとも。まあ後回しにしても忘れちゃうし、ここ1年やってみようとしている「Getting Things Done」の一理念(2分以内にできることはその場でやってしまう)にも適っている。

PENGUINITIS - GTD

6. 仕事の効率は「最後の5分」で決まる

上司との打ち合わせ中はメモを取り、終了後合意事項をまとめて見せに行く。

前段は当然として、後段は一度その場を離れてからというより、打ち合わせの最後に内容を確認する方が良いように思う。上司が5分後まだいるとは限らないし、間をおかず何度も聞きに来られるのもうざったいので。

7. 予習・本番・復習は3対3対3

会議は事前にテーマを共有し、各自アイデアを考えておく。会議中はその場でアイデアを考えるのではなく、議論の場にする。終了後は議事録により決定事項を共有する。
会議以外にも、準備と復習に本番と同程度の比重を置く。

8. 質問はメモを見せながら

分からないことはまず自分で調べて、自分なりの解釈と聞きたいこととを紙に書いてから聞く。

12. アポ取りから始めよ

アポイントは数週間先にしか取れないことも多いので、準備作業をする前にまず取る。
最初に期限を決めると作業の効率が上がる。

14. 「早く帰ります」宣言する

早く帰りたいときは早めに・正直に言えば良い。
話としてはこれだけだが、帰って2, 3時間勉強したいので「9時」に帰るとか、6時に帰る代わりに土曜日出社するとか書いてるあたりに著者のワーカホリックぶりが伺える。

16. 仕事は盗んで、真似るもの

他の人の行動をみて良いなと思ったら、感心するだけで終わらず、すぐに真似する。

17. 情報は原典にあたれ

フットワーク軽く、関わりのない人・組織にも臆せず聞いてみよ。

頼み方さえ誤らなければ、同業他社やライバル企業でも、情報を提供してくれるところはあります。くれぐれも「教えてくれるはずがない」などと、最初から諦めないでください

19. コミュニケーションはメール「and」電話

メールだけだと読んでなかったりするので、大事なことは会ったり電話したりで念押しを。

BSでも営業職の人なんかよく電話してくるけど、こういうことなのだろう。ただ口頭では印象には残っても記録に残らないので、やはり使い分けが大事か。

23. 目の前だけでなく、全体像を見て、つなげよ

企業全体がどう動いているかを把握し、自分の業務が企業価値向上にどうつながるかを考える。
手始めに財務諸表を読み、自分の会社がどういった事業が成長・縮小しているのか理解する。
さらに業界・日本・世界がどう動いているか・どうあるべきか考える。

社会は分業で成り立っているんだから、こういう「経営者目線」を従業員に求めるなよとも思う。しかし企業相手のコンサルをする場合、その仕事は企業の(従業員ではなく)経営者が相手だろうから、経営者のものの見方を理解するのは必要なことなんだろう。

29. 新聞は2紙以上、紙で読め

紙で読むのは興味のない情報も入ってくることと、現物が溜まるため毎日継続する圧力になることから。

社会人になると、どうしても日経新聞にシフトする人が多くなります。(中略)しかし、年配者の購読が多い朝日を見ると、医療や介護の記事を厚くするなど、ビジネスパーソン向けの日系とは色合いが違います。

朝日新聞などは思想が肌に合わなかったりで、あまり読みたいとは思わない。しかし社会にはこれを購読しその思想に同調する人も少なくないわけで、彼らの考えを理解するには朝日を読むことも必要なのだろう。

36. 感動は、ためらわずに伝える

勉強になった部分、感動した部分、初めて知ったことを具体的に

38. ミスをしたら、再発防止の仕組みを考えよ

「気をつける」というのは行動改善に対して最も効果がない、という記事をどこかで見た。

46. 同期とはつき合うな

同期とつき合うデメリットは、比較して優劣を感じてしまうということと、視線が外へ向かわなくなってしまうこと。

同期で飲みに行っても、会社や上司のゴシップで終わってしまうことが少なくありません。傷の舐め合いや足の引っ張り合いになることさえあります。
そんな非生産的なことに大事なあなたの時間を費やすくらいなら、ぜひとも他流試合をしてください。夜の自由な時間は、できるだけ社外の人とつき合うようにしたほうがいいと思います。

飲みに行くのなんて単なる遊びであって、そこに生産性を求めてどうするのだろうと思える。

この本を見て散見されるのは、著者にとっては休息もプライベートもより良い仕事(ないし「成長」)のためにあるのだろうということ。「生きるために働く」のではなく「働くために生きる」人は研究者界隈にもよくいるが、この本が46万部も売れている(そして内定者への推薦図書などにされている)ことからすると、経済界にはこういう考え方の人が想像以上に多いのではないかと思われる。マジかよ。

三崎亜記『となり町戦争』

一地方公務員が、何をさせられたらそんな達観モードになってしまうのか? 理不尽に憤ったり、それを回避しようとしたり、そういった考えうるプロセスは「戦争」の一語で全てすっとばされてしまうのか? 所詮小さな地方自治体の政策、というスケールに過ぎないのに? ではなぜ今さら涙を流す?
物語世界の人物なのにその外(読者)の感覚でものを言ったり、そのくせ「喪失」に対しては妙に割りきりが良かったり、主人公も大概だ。何の小説を読んでも感じるのは、結局のところ人間の理解できなさである気がする。心身に余裕があればそれを楽しむこともできるのであろうが、特に面白い物語を読んでる際はその世界に入り込んでいる訳で、そんな俯瞰的見方をするゆとりはあるはずもない。